8月 ハロン湾は遠くありて

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「夏休みはどうするの?」と友人に聞かれて、

「行きたいところがある。」と答えていました。

その時、私の頭に浮かんだのは、無数の奇岩が海面に浮かぶ幻想的な景色。

ベトナムの世界遺産=ハロン湾・・・“龍の舞い降りる海”でした。

 

『その昔、隣の大国・中国からの度重なる侵略に悩まされていた時、

ホンガイの街にあるロンティテン寺に龍の親子が空から降り立ち、

尾で山を切り裂き口から宝玉を吐き出して敵を撃破。

やがて宝玉は岩山に姿を変え、海上の砦となって湾を取り囲み、

以来、沿岸の村々を守り続けているとまことしやかに伝えられ、

龍が置き土産にした宝玉は大小2,000もの奇岩となって

エメラルド色の静かな海にたたずんでいます。

—cocomachi magazin 吉川由美さん投稿記事より』

 

ちょうど別の友人が仕事でベトナムへ赴任したこともあって

夏やすみのベトナム行きが決まった瞬間でした。

 

ところが、ベトナムへ行くなら旧サイゴン=ホーチミンと思い込んでいたため、

ホーチミン往復のエアチケットを購入し安心してしまい、

観光ガイドを調べなかったので、直前になって大きな過ちに気付いたのです。

ハロン湾へ行くなら、ハノイへ飛ぶのだったと。

格安チケットなので、変更はきかないし、ホーチミン→ハノイは

何と1,618kmもあるという・・・。

やむなく、(次回ね!と)ハロン湾観光はあきらめ、

フランス統治下の名残りをとどめた旧サイゴン=ホーチミンの街を

楽しむことにしました。

 

マグリット・デュラスの自伝的小説が原作になっている

映画『ラマンL’Amant』の舞台にもなっている街は、

じんわりと湿度が高く暑いのですが、

旧フランス領であった時に建てられたレトロな白い建物が

洒落た雰囲気を醸し出していて、とってもいい感じ。

たくさんのバイクが走る通りや、小さなお店がひしめく市場などは

若いエネルギーに溢れていて活気がありました。

 

ゆったりと流れる泥色のメコン川をホテルの窓から眺め

涼しい部屋でくつろぐことができましたし、

街で食べる料理はどれも美味しくて、

ぶらぶら歩いて散策しながら、

安くて可愛い雑貨(籠やスカーフ)をちょこちょこ買ったりして

夏休みを満喫しました。

 

中でも水牛の角を加工したアクセサリーのモダンなデザインが素敵で

大いに刺激を受けました。

 

帰国してからも、麻のストンとしたワンピースに

大振りで華やかな色の水牛アクセサリーをつけると

あの暑くてエネルギッシュなホーチミンの街の記憶が蘇り、

(ああ、今度こそドラゴンに会いに、ハロン湾へ行かなくちゃ・・・)と

思えてくるのでした。

 

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7月 海の聖マリアたちと赤珊瑚

たからもの, No Comments

2013年のクリスマス・ランチ会で知り合った彼女は

私と誕生日が同じで、若く美しい聡明な女性だった。

その前年の2012年12月冬至にエジプトへ行き

のちに国際結婚をすることになる、

46億年も前からの繋がりの深いツインソウルと出会い

彼女が魂の望む道へと歩み始めた頃

一緒にマレーシアのドラゴン島へ行く機会があった。

 

その旅は、2014年の初詣に江ノ島へお詣りした帰り、

海へ沈む太陽を眺めながらお茶をしている時に

ドラゴンつながりでその島のことが話題になり、

「ぜひ、行きたい。行きましょう!」という私の言葉から

計画されたものだった。

旅は、私の変容にとって重要なものになったのだが、

それ以来、彼女は私にとっての“人生の師のうちのひとり”になった。

 

彼女の言葉で、特に印象深いのは

「誕生日が同じなのは、何か意味があるのかも」と言った私に対して

「意味を見出すことよりも、一緒にどんな共同創造ができるのかを

考えてみましょう」と言ったことだった。

 

私は彼女の生き様とその変容を見て、また彼女が習得している

さまざまなスキルの一部を教えてもらいながら、多くを学んでいるのだが

6月から約1ヶ月に渡る聖マリアの道をたどったヨーロッパの巡礼より

彼女からもたらされたメーセージを反芻しながら、2017年の残り半年を過ごした。

 

✴︎セント・マリー・デ・ラ・メールにて✴︎

〜前略〜

“多くの人に会いなさい。

多くの場所に運ばれなさい。

多くのエッセンスを混ぜ合わせてできたものが

あなたそのものである。”

〜中略〜

“いつでも奇跡的な助け舟というものがある。

それを信じられるか?”

“大海へ漕ぎ出せ、冒険せよ、助けを得よ、そして見つけよ”

海の聖マリアたちが贈るのは『赤珊瑚の叡智』

 

私は今までに何度か「奇跡的な助け舟」に乗っている。

だから、それを信じられる。

自ら足を運び、その土地や人々を肌で感じることも大切だが

出かけていかなくとも

必要なものは、必要な時に届けられるという事も知っている。

 

地中海に面した南仏プロバンスの小さな村から

(海の向こうにはエジプトの地がある)

Silver925の「カマルグの十字架」と共に

もたらされたメーセージは

これからも私のたからものとして残っていくだろう。

 

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6月、海辺のジュエリーショップ。

つれづれ No Comments

今年の誕生日は、大切な友人のひとりである薫さんと過ごした。

 

恵まれた美しい容姿と透き通るような白い肌を持つ薫さんは、

江ノ島の見える、海の近くサロンのオーナーで

エステシャンをしている。

 

ファイシャルのお手入れをしてもらい、

ご近所で評判のお野菜レストランで

アートのように旬の素材を盛り付けた

おいしいランチを食べ、おしゃべりに興じる。

 

それだけでも充分に贅沢なのだが、

お散歩がてら江ノ電に乗って、長谷駅へ向かう。

 

家々の軒先をかすめて走る電車が

鎌倉高校前駅に近づくと視界が開け、

地平線まで広々とした青い海の景色が見える瞬間が

わたしは大好きで、

この辺りを通るたびにいつもウキウキしてしまう。

 

紫陽花の花が見頃なその日は

長谷寺がとても混雑していて入れず、その周辺を歩いた。

 

ここに来るとのぞいてみるストーンショップで

アンモナイトや珍しい石をいくつか買ったのち、

目当てのジュエリーショップ「LE CANBON」へ寄ってみる。

 

このお店は、こじんまりとして

外観は南仏のイメージになっており、

(もし、自分で実店舗を持つならこんなお店がいいな)と

思わせる素敵な場所なのだ。

 

店内には、鎌倉在住のジュエリー・アーティストの

MASATO.INOUE氏の作品をはじめとして、

シンプルなイタリア・イスラエルのアクセサリーが置いてあって

ローマングラスを使ったジュエリーもディスプレイしてある。

 

展示してある作品をひとつひとつ観ていたら

アンティークの、ちょっと変わったメダイがついているネックレスが目に止まった。

イギリスで手に入れたという銀のメダイがどうしても気になって

持ち帰ることにした。

 

海の向こうに夕陽が沈んだ頃、いとまを告げて家路につく。

 

ふんわりと優しい薫さんと過ごした時間で心が満たされて

手に入れた戦利品を部屋の机の上に並べてみると

長い間大切にされてきたであろうメダイのマリアさまと

薫さんがどこか似ているような気がした。

 

 

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5月 エメラルドの光。熊本へ

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「阿蘇の家に遊びにいらっしゃいませんか?」と

ストーンヒーラー仲間のるり子さんに誘われて

新緑の熊本へ行ってきました。

 

阿蘇くまもと空港についた時はどしゃぶりの雨でしたが、

翌日は気持ち良く晴れて、るり子さんの運転で天草まで足を伸ばすことになりました。

 

週末の2日間の滞在予定なので、「高千穂を案内しますね」と言われていたのに

なぜか天草の話題が出て、行くことになったのです。

 

海沿いのドライブでは、雲仙普賢岳がくっきりと見えて、

天草五島では、雨で洗われた色とりどりの新緑がキラキラと美しく輝いていました。

樹の葉はどれも生命力に溢れていて、

緑色に、こんなにも多彩なバリエーションがあるのかと感動しました。

 

るり子さんのおすすめで、隠れキリシタンの里である小さな港町・崎津を訪ねると

かつてキリシタンの人々が踏み絵を踏まされた場所に立つ教会には、

ルルドの泉を模した池がありました。

ひっそりと静かな町は独特の風情があり、はるばる訪ねるだけの価値がありました。

 

外観からは想像できないほど明るく、ステンドグラスが美しい教会の内部で

(ひとは何故祈るのだろう?)と問いかけると

(希望という光のために・・・)という声がしました。

 

希望があれば、ひとは生きていける。たとえ、逆境の中にあっても。

 

世の中のすべてのひとの心に、希望の光が灯りますように。

生きとし生けるものが皆、しあわせでありますように。

 

海沿いの崖の上で町を見守るマリアさまに手を合わせ、

はるか昔にこの地で生きたひとびとの想いを感じてみました。

 

それから、来た道を引き返して海辺の温泉に入り、海鮮のご飯を食べ、

夕焼けの風景をしばらく眺めてから阿蘇に戻りました。

 

充実した一日を振り返り、(新緑の緑色は、エメラルドの煌めきのようだな)

と思ったら、ハートがじんわりと温かくなりました。

 

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四月になれば彼女は

つれづれ No Comments

満開の桜の美しさは、どこか切ない。(と感じる自分がいる。)

花曇りの休日に、川村元気さん作の「四月になれば彼女は」を読んだ。

 

私には本友がいて、「読んだら、感想をきかせて。」と

自分ではチョイスしないような本を貸してくれる。

 

不思議なことだが、それらの本は、

その時に考えていることにテーマが沿っていて、

自分でも気付いていない、心の奥の深い所にある何かを揺さぶる。

 

サイモン&ガーファンクルの名曲『四月になれば彼女は』になぞらえて

四月から始まる十二ヶ月の恋愛物語は、過去と現在が交錯し、

ラストに向けて進んでいく。

「分かり合いたいけれども、分かり合えない。ふたりでいるのに孤独を感じる。

一度は同じ思いを共有した恋人たちも、やがて避けがたく気持ちが離れてしまう。」

愛の残酷と絶望。

 

この世には、宇宙の法則というべき普遍真理がある。(と私は信じている。)

それは、「永遠=不変はない」ということ。

変わり続けることこそが、この世に生を受けたものの自然な姿だと思う。

 

だから、誰かと心が通じたと感じたその瞬間が

(たとえ大いなる誤解であったとしても)特別なのであって

そういう瞬間を味わったことは、しあわせと呼ぶのにふさわしい。(と感じる。)

 

ぱっと咲いて、さっと散る桜のように、儚いものは美しい。

それは、「絶望の果てまで行った先に見えたかすかな“光”」も同じ。

 

散る花を惜しんで、終わりの哀しみを感じたとしても、

生命さえあれば、季節は巡り、来年もまた桜の季節はやってくる。

 

「読後の感想は?」と聞かれたら、

「インド洋とアラビア海とベンガル湾、

三つの海域の交錯する聖地カニャークマリへ行き

フィッシュカリーを食べたくなった。」と言うことにしよう。

 

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「四月になれば彼女は」川村元気著

文藝春秋社刊

goo.gl/ipCpLm

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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国際女性デーと春分の日

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3月8日の国際女性デーに、わたしのソウルメイトのゆかりさんが

初めてのワークショップを行った。

ゆかりさんは、容姿端麗で流暢な英語を話しバリ舞踊もこなす才媛だが、

自分から前に出て行くタイプではないので、

始まる前は緊張して足がガクガクしていたと言う。

いざ始まってしまうと、参加した十数人の女性たちとの共同創造になり

女性をエンパワーメントする日にふさわしい

とても良い雰囲気の有意義なワークショップになった。

 

終わってから、場所を変えてのティータイムになり、

その時に参加していたあつみさんが「春分の日の予定が空いたの」と言った。

わたしは心の中で(あっ、久しぶりにピラミッドセンターへ行きたいな)

と思ったのだが、黙っていた。

ひとしきりお話しに花が咲いた後、名残惜しく散会し、皆と別れた。

 

それから、しばらくして

同じくソウルメイトでゆかりさんのワークショップをオーガナイズした

たきこさんから連絡があり、

春分の日にピラミッドセンターで別のワークショップをやると言う。

 

「ほら、やっぱり!」

春分の日には、ピラミッドセンターへ行くことになっていたのだなと。

そもそも、ゆかりさんのワークショップでも、場所を探している時に

ピラミッドセンターも候補になっていたのだった。

 

 

直前になって、全く予想していなかったのに前泊も可能という情報がきて

せっかくだし、次はいつになるかわからないので

夕方から出かけて泊まることにした。

不思議なことに泊まったのは、わたしとゆかりさんご夫婦、たきこさんの四人だった。

 

あつみさんと一緒に夕飯の支度をして、

野菜中心のオーガニックな美味しいごはんを食べ、

クリスタルのある素敵なお風呂に入り、

夜には都会では見られないほど煌めく星空を眺めて、眠りについた。

 

春分の日の朝は、川へ降りて石を拾い、朝陽を浴びながら瞑想して

ゆったりと過ごした。近くの畑では焼畑をしていて、

水火土風と四大要素のエネルギーをたっぷりとチャージした。

 

ビジョンマップを作るワークショップも楽しくて(集中して疲れたけれど)

本当に来て良かったなあと感じた。

 

帰りに、あつみさんにピラミッドセンターのあちこちにある

クリスタルのひとつをいただき、再会を約束して別れた。

 

三連休の混雑に巻き込まれることもなく、

自然の中で静かに過ごす時間が持てたことは僥倖だった。

 

偶然はなく、すべてが繋がっている。人も場所も。

ひとつの事柄が、次の事柄へ。

その連鎖の中にこそ、人生があると思う。

 

20170325

 

✴︎ピラミッドセンター✴︎

http://asumikmi.blog9.fc2.com/

 

 

 

 

 

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“すべてのひとに石がひつよう”

たからもの No Comments

「すべてのひとに石がひつよう」

バード・ベイラー著 ピーター・パーナル画の

絵本のタイトルだが、名言だと思う。

 

「・・・何もかもがあっても

もし 友だちの石を持っていなければ

その子は かわいそう。」

 

だから、「いつまでも 永遠に

大切にできるような石をみつけられるように」

絵本には、10のルールが書かれている。

 

子供向けの絵本だけれど

大人にもぜひ読んでほしい一冊。

 

わたしは、子供の頃から石が好きだった。

ごく自然に自分の石を見つけられた。

 

石は、ひとと同じだ。

どこでどんな風に生まれたか

それによって姿かたちも違うし

性質も異なる。

だから、それを持つひととの相性もある。

 

自分の石を持つことは、

自分がどんな人間なのかを

思い出す助けになるような気がする。

 

大人になった今、石の声に耳をかたむけ

必要なひとへ必要な石が届くようにと

創作活動をして日々暮らしているが、

石から教えられることは多い。

 

旅先で出会って

連れてかえった石たちを眺めて

平和に暮らせることを

しみじみしあわせだと思うこの頃です。

 

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夏至のストーンヘンジ

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一枚のモノクロ写真。

その写真に出会ったのは、確か20歳くらいの時だったと思う。

草原に巨大な複数の石が屹立している不思議な光景。太古の文明の名残り・・・?

しばらく目が離せなかった。

初めて見るのに、なぜか知っている場所のような既視感があった。

それが“ストーンヘンジ”であることは、後から知った。

 

いつか、訪ねてみたい・・・。

 

色々な幸運が重なって、2016年6月21日夏至の日にチャンスはめぐってきた。

この特別な日には、特設の駐車場も設置され、普段は近づけない石のそばまで行けるため

ストーンヘンジには世界中からたくさんの人々が集まる。

 

わたしもそのひとりとして、深夜から明け方の時間を石のそばで過ごした。

楽器を奏でるひと、踊り続けるひと、静かに瞑想するひと・・・。

東の空から太陽が昇ってきた時の歓声とその場にいた人々との一体感は

生涯忘れられない思い出になった。

 

この地球に生まれて、今ここにこうして生きていること。

その喜びを 昇っていく太陽の光がだんだん強くなっていく中で感じた。

 

その感覚は、この人生だけでなく

今までに何度も味わったような気がしている。

 

記憶にはないけれど、わたしの身体の内のどこかで知っていることを

再確認しに行ったのだなと思う。

忘れていた自分の一部が統合され、力を得たような体験だった。

 

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5月のNYとティファニー

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新緑の美しい季節にNYに行ってきました。

初めての海外旅行で訪れた場所、アートの街、たくさんの思い出・・・

わたしにとってのNYは、とても思い入れがある場所なのです。

 

「理由がふたつ以上あるとひとは動かされる」と誰かが言っていたけれど

今回は、それが3つくらい重なり、これは行くしかない!と決断。

 

ひとつ目とふたつ目は、それぞれスペシャルなイベントへの参加で、

みっつ目は、あるひととの関係性について

自分の心にくぎりをつけたかったというのが、その理由でした。

 

視点を変えると、自分を取り巻く世界の景色が変わります。

自分の内で、こうだと思っていたものが

もしかしたら、そうではなかったかもしれない、と気づいた時に。

 

セントラルパークにあるボウブリッジの中程に立ち、

陽光のきらめく青い湖面を眺めながら

始まりと終わりを振り返り、

あたたかい感謝の気持ちでハートを満たすことができました。

 

ありがとう。

 

人生のある期間、喜びも怒りも哀しみも充分に感じ切って

その瞬間瞬間を精一杯楽しんだのだとわたしは思う。

 

 

翌日、5番街にあるティファニーに行ってみると

ショウィンドーのディスプレイに丁度同じ場所が・・・。

仲良く犬の散歩をするカップルに、ダイヤモンドのピアス!

 

ガラスに映ったわたしの顔は、思わず笑顔になっていました。

宇宙がくれた、粋な計らい。

 

Thank you, NY! I’ll be back again♡

 

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砂漠の薔薇

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サン・テグジュペリ作の「星の王子さま」はとても好きなお話し。

 

「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。

かんじんなことは、目に見えないんだよ」

 

お話しの中に、名言はあまたあるけれど

王子さまが自分の星に残してきた

一本の薔薇の花を想うくだりが印象的でした。

 

「本当の愛は、もやは何一つ見返りを望まないところに始まるのだ」

 

 

もうひとつ、好きな名言。

 

「砂漠が美しいのは、どこかに井戸をかくしているからだよ。」

 

 

砂漠の薔薇という石があります。

サハラ砂漠やメキシコなどの乾燥地帯で見つかる、

薔薇の花のような形をした石です。

(とてももろいので、アクセサリーにはなりません。)

 

 

水に溶けたミネラルが結晶に成長するものなので、

砂漠といえども水がない(またはなかった)地域からは出てこないそうで

「かつてオアシスが在った場所で、水が干上がる事によって、

水に含まれた化学物質などが結晶化して形成される」とも言われています。

 

 

砂漠の薔薇には、そこで生きたさまざまな動植物の意識が化石化し

その土地の過去の記憶が閉じ込められているとも言えるかもしれません。

 

 

気の遠くなるような長い時間が経過し、

喜びも悲しみも、過ぎ去りし日の美しい風景となる…。

 

 

砂漠の薔薇を眺めていると

“大切なもの”と“美しさ”の秘密がわかるような気がするのです。

 

 

「探しているものは、たった一輪の薔薇や

ほんの少しの水の中にも見つかるはずだ。」

by サン・テグジュペリ

 

 

 

 

 

 

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