縁日の指輪

たからもの No Comments

幼い頃のわたしは、ちょっと変わった女の子で、

ぬいぐるみやお人形が大の苦手だった。

 

母曰く「お人形を見ると、こわい、こわい!と言ってたわ」

 

かすかに覚えているのは、たくさんのお人形のある場所で泣いていた記憶。

ぬいぐるみやお人形のふたつの目が、まるで生きているかのごとく、

どこまでも追いかけてくるようで、怖かったような気がする。

 

そういう理由で、しばらくの間わたしのおもちゃ箱は、

男の子が好む飛行機や電車、車、ロボットたちでいっぱいだった。

 

女の子のおもちゃに見向きもしない子…と

両親や周りの大人たちから思われていたわたしだったが、

ただひとつだけ例外があった。

 

それは、縁日でよく見かける箱に詰まった指輪のおもちゃ。

 

キラキラと輝く赤や青、緑…色とりどりの指輪が

たくさん入ったあの箱はほしくてたまらなかったのだが、

なぜかそれは買ってもらえなかった。

よく思い返してみれば、不思議なことだけれど。

 

縁日の指輪は、わたしがジュエリーというものに興味を持った

最初のきっかけだったのだな…と今になって思う。

 

 

ひとは原始の時代から、なぜジュエリーを身にまとうのか?

 

この問いに対する答えのひとつ

「大自然の神を恐れ、敬う、そこから祈りが生れ、

 祈りの儀式のためにさまざまな芸術が生まれた。

 その中でもジュエリーは、天と地(神と人間)を

 結びつける役割を担っている。

 神聖なものを象徴する光に、できるだけ近づこうとして、

 鉱物を集めて光を作ろうと考えたーそれがジュエリーである」

 

この地上で神聖なる美しい光を身にまといたいという望み。

光を装うことは、心の中にその美しい光を持つことでもある。

 

わたしにとってジュエリーは、

夜空の星のきらめきや月の光を写すもののようにも思える。

 

ジュエリーを創ることとは、この地上で神聖なる美しい光を創り、

生命にその光を吹き込むことなのかもしれない。

 

幼き日に手に入れたかった縁日の指輪のような

キラキラと光輝くジュエリーをできるだけたくさん創り、

地上をその美しい光で満たしたい…と切に思う。

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